Merry Christmas ~Ro Novel 特別編~

 

 白銀の雪が舞い落ちる首都プロンテラで、一人の女性が寒さで赤く染まった指に息を吹きかけながら立っている。見たところ誰かを待っているようで、その表情から焦りが見受けられる。

「おそいな……」

 女性は、いつまで待っても来ない待ち人のことを思いポツリと呟いた。たしかに自分が約束の時間よりも三十分も前から待っているとはいえ、すでに少女はこの場所で二時間近く待っていた。今日は1224日、クリスマスイブである。それを表すかのように、ここ首都プロンテラでも町のいたるところにクリスマスの装飾がされており、街中ではクリスマスを祝うカップルたちの姿がどこへ行ってもあふれていた。

 女性……雪音もまた、一人の少年を待っていた。少年は自分よりも八つ歳の離れた弟のような少年で、自分にとっては誰よりも愛する子でもあった。約束の時間をはるかにすぎ、さらに振り続ける雪で体力を消耗した雪音は、正直途方にくれていた。そのとき――

「ごめんごめん、まった?」

 後ろから、男の子の声が聞こえた。ようやく来たかと思い後ろを振り向くと、そこには自分の待ち人ではなくほかの少女と会話をする知らない少年の姿があった。「今来たところだよ、じゃぁ行こうよ」と笑いながら少年と腕を組んでいく少女の姿に、雪音はいつしか涙をその瞳いっぱいに浮かべていた。

「ふ…ふぇえ……」

とめようと思っても、その瞳から流れ落ちる涙は留まる事を知らずボロボロと流れ出てくる。口からは嗚咽の声が上がり、待ち続ける自分があまりにも愚かに思えてくる。体には力がはいらなくなり、雪音はその場にへたれこんだ。

「うぅ…ふぅえぇ…」

 いつまでも流れ続ける涙で、雪音の顔はくしゃくしゃになってしまった。この日のために一生懸命練習して、少しはうまくなったお化粧。しかし、涙でその化粧は剥がれ落ちてしまった。腕に握り締めていた少年へのクリスマスプレゼントが、音もなく地面に落ちた。

 もうだめだ――そう思った瞬間

「雪音お姉さん?何でないてるの?」

 目の前に現れた自分の待ち人の少年は、余りにも間の抜けた顔で自分の方を見つめていた。

 

 

 

「ゆず……?」

「あれ……ボクなにかわるいことしちゃった?えっと……だって、約束の時間の二十分前についたのに……」

 少年……柚葉は、自分の腕にはめられた時計と雪音から渡された手紙とをてらせ合わせながら確認をしている。

「ぇ……二十分前?」

「うん……だってほら、このお姉さんに貰ったお手紙に2時に噴水の前でって書いてるでしょ?

2時……?」

 自分では12時に約束をしたはずだった。そのため、雪音は11時半からこの場所でずっと柚葉を待っていたのだ。

「えっと……手紙見せて……」

「うん、どうぞ」

「あれ……」

 そこには、自分の書いた文章が書かれていた。そして時間のところを見るとたしかに2時になっていたのだ。

12時って……書いたはずなのに……」

「えぇ!?12時だったの!」

「うん……まさか――」

 そう言ってから、雪音は急に恥ずかしくなった。12時の「1」を書き忘れていたのだ……

「そんな……」

 自分が書き忘れ、柚葉は雪音の指示通り2時に、しかもその二十分前にはこの場所に来てくれていたのだ……

「うぇぇえ……まさかじゃぁお姉さん12時からずっと待ってたの……?」

「……うん」

「泣いちゃいながら――?」

「……うん」

 それまで涙でくしゃくしゃになっていた顔が、今度は恥ずかしさで真っ赤に染まった。あまりの恥ずかしさに耳の裏まで熱くなる。さらに、自分のバカさに呆れてしまい、いつしかその瞳からまた涙があふれ出てきた……

「うあぁ……なんでまた泣いちゃうのさ!」

「ごめんね…ごめんね…、ゆずはなんにも悪くないのに……私が間違えたのに――」

「あゎゎゎゎ、お姉さん泣いちゃやだよ……」

 雪音の涙を見て、柚葉が急にあわて始める。それから、急に思いついたかのように自分のかばんから小さな包みを一つ取り出し……

「これね、お姉さんへのプレゼント。その……あんまりお金なくってさ、いいものは買えなくって……けど一生懸命選んだの。お姉さんに使って欲しくって」

 そう言って差し出された包みには、小さな髪飾りが入っていた。それは、三日月のアクセサリのついたヘアピンで、三日月のヘアピンといわれるものである。

「これ……」

 それは、柚葉にとっていえば非常に高価な金額のアイテムで、普通に考えれば柚葉が買えるような物ではなかった。

「ボク……飛鳥や、璃緒と狩りに行って手に入れたお金とか、教会でお手伝いしてもらったお小遣いとかを一生懸命ためたんだ……それ以上のお金はためれなかったけど……お姉さんに持っててほしくって……一生懸命考えて選んだんだ――。いやだった……?」

 その言葉は、ほとんど雪音の耳には届いていなかった。けれど、柚葉が自分のために一生懸命がんばったということだけは雪音の胸に確かに届いた……

「その……ごめんね。ボクがちゃんと確認しておけばお姉さんが待って泣いちゃう事なかったんだよね――」

「ゆず――」

「ふぁ?」

 そう言って、雪音は柚葉を思いっきり抱きしめた。相変わらず涙はぼろぼろと流れ出てくるが、この涙は不思議と辛くなかった。今まで感じたことのない、やさしく暖かい涙だった……

「お姉さん……?」

「ありがとう……ありがとうゆず……」

 うれしい……心からそう思った。また、この自分よりも八つも年下の少年が、たまらなく愛おしく思った。

「ふふ……お姉さんが喜んでくれてよかったぁ」

 そう言って微笑む柚葉の顔は、今まで見せたことがないほど輝いて見えた。

 

 

 

「けどさ、お姉さんってほんとドジだよね」

「む……、改めて言う事ないでしょ……」

「いやさ……だって改めて思ったんだもん」

 プレゼント交換を済ませた二人は、近くにあったベンチでリンゴをかじりながら会話をした。雪音としては昼食を一緒に食べるはずだったのだが、集合時間を2時と書き間違えてしまったため柚葉はすでに食事をすましていたのだ。そのため、雪音一人で食べるのにレストランに行くわけにもいかず、近くのベンチで果物商人から買った果物をほおばる事になったのである。

「まぁ、ドジじゃないお姉さんはお姉さんじゃないしね!」

「ちょっとーどういういみよぉ」

「あははは。そのとおりの意味だよー」

 そういって笑う柚葉を見て、雪音も笑う。幸せに満ち足りた時間……

 クリスマスは、幸せの奇跡が起こる日――

 

 この世界の恋する者達に 幸せがあらんことを……ネ♪


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